最終日です。最終日もみんなきちんと時間には集まって朝ごはん。
そういえば、お兄ちゃんたちに混じって長男がご飯のときのいただきますの挨拶を率先してやるようになりました。
そして朝ごはんが終わったら2班に分かれてクロージング会場に向かいます。
みんなから宿のお父さん、お母さんに色紙の寄せ書きで感謝を伝え、みんなで写真を撮りました。
宿のお母さんが毎食ご飯を作ってくれたりお風呂の準備をしてくれたり、お父さんがこの辺でキャンドルナイトができるところがないか考えてくれたり、移動時のバスで送迎をしてくれたり、花火がよく見れるところを教えてくれたり。
宿のお父さん、お母さんなくてはこのキャンプはここまで快適に過ごせなかっただろうなあと思います。
子供達も子供達なりにこのキャンプはお父さんとお母さんの支えあってと感じていたのかなあと色紙をみて感じます。

ところで、今回参加にあたって、小学校3年生以上の子どもたちは親も参加していたとしても違う宿でした。
荷物のパッキングも自分。帰り支度も自分です。部屋の清掃も。
実は男子部屋があまりに汚い!!!と中学生の女の子があまりの状況に目にあまり、昨日夜掃除してあげていました。
男子は男子でおいおいって感じでもあるけど笑 この子の面倒見というか普段はそんなにそこまで接している様子もなかったけれど姉のような母のような優しさというか・・・
これ普通にその女の子はやってたけど、すごいことだなあと。だって数日前は名前も知らない子の部屋掃除してるんですよ、自分が汚したわけでもないのに。
うーん、うまく言葉にでてこないのがもどかしいけれど、そんな女の子の様子に感動してました。
なにはともあれ、とりあえずのパッキングは子供達も終えて無事クロージング会場へ出発です。
クロージングではいつも通りSADAもやったし、感想タイムや、太湖、韓国、インドネシアからきた青少年たちの感想および発表の時間もあって、Bくんもインドネシアの友達と一緒に対面式で歌ってくれた歌を披露してくれました。
そして、太湖や韓国の青少年たちはホストファミリーと一緒に家に帰り、もう1泊ないし2泊するのですが、インドネシアの子たちはこのクロージングをもってのお別れです。
Bくんとしっかりハグしたら、なんでか自分でもはっきりわからないけれどたくさん涙が出てきました。
それは、Bくんともっと一緒の時間を過ごしたかったり、初めてのホストマザーとして自信がなかったり、Bくんは日本を楽しめたのかなっていう心配だったり、いろんな感情が入り混じった涙だったのかな・・・。
最後に、Bくんに「わたしはあなたの日本のお母さんだから、「OKASAN」って呼んでね。」って伝えました
本当はもっと早くに伝えたかったことを、別れの際にようやく伝えられました。
伝えられたのは、B君が、わたしに「ibu」って言ってくれたことも大きかったのかなと思います。
特にこの雪の学校、Bくんは私の目からみてそこまでここの子供達と仲良くなっているようにも見えなかったので、本当に心配だった。ぜひ楽しんで帰って欲しかったから。
でもね、最後に宿で作った旗を誰が持ち帰るかってじゃんけんになったんだけど、そこにBくんも立候補していてね、無事Bくんが持って帰れることになったの。
そしたら木の棒についたままのその旗を嬉しそうに抱えていて。
Bくんなりに楽しかったのかな、思い出となる品をまず欲しいって思ったのはこれまでの時間がBくんにとって辛いことじゃなくて楽しいことって感じていたって受け取っていいのかな。
そんなことを思いました。
クロージング後も色々ハプニングはありましたが笑
なんとか家までつきました。
2歳4歳と受け入れていたインドネシアの中学生と一緒の多言語キャンプ雪の学校への参加。
もう今後一生こういうシチュエーションで参加できることはないし、色々気苦労もあったけれどそれ以上に大切にしたい時間でした。
子どもたちはよほど楽しかったらしく、来年も行きたいと申しています。
まあ考えておきましょう。笑
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